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残響④ 華燭の典 上 【鬼滅の刃】【二次創作】

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#33 残響 4 華燭の典 上(愈史郎×善逸) | 鬼滅の刃 - sungen(さんげん)の小説シリーズ - pixiv

【概要】鬼滅の刃・過狩り狩り 二次創作 長編

カップリング】メイン:愈史郎×善逸 (R18あり)、ぜんねず、ゆしたま

 

残響④ 華燭の典 上

善逸は、鬼の毒で縮んでしまっていた手足が元通りになった後、機能回復訓練を経て、全集中の呼吸常中を習得した。
明後日には、次の任務へと向かう。何でも炎柱と一緒に任務に当たるとか……。

夜中、善逸は借りている部屋で禰豆子と二人遊んでいた。炭治郎と伊之助は風呂に入っていて、その間は二人っきりだ。
禰豆子はなほ達と一緒に風呂に入ったのでふんわりほわほわしている。
善逸は幸せを噛みしめながら、今日は絵本を読んでいた。

「禰豆子ちゃん、ああ。このお話?」
禰豆子がむ、と返事をした。

『すずめとじいさん』
と書かれたその絵本は、それなりに広く知られている絵本だ。
善逸は禰豆子に幾度か語って聞かせていた。

――昔、あるところに不治の病にかかったじいさんがいた。
じいさんはある日、烏につつかれ怪我をしていた雀を助けた。
その雀は天の社に住む神さまの使いで、雀を送り届けたじいさんは天神と出会う。
天神から、何か礼をしたいと言われて、じいさんは病で困っていると訴えた。
天神は言った。「お前の病は死に至る。簡単に直してはいけないものだ。その病を直したければ、その雀を連れて百度参りをしろ」と。
じいさんは、雀の案内で、様々な困難に遭いながら、天の社に百度お参りをする。
願いは聞き届けられ、病が治った。雀もじいさんが気に入り、側にいたいという。
天神はたまには帰って来い、と言ってやさしく雀を送り出す。
しかしその帰り道。じいさんはついに鬼に出会う。
雀はじいさんを庇い死んでしまう――。

「チュン」
チュン太郎が鳴いた。
「チュン太郎も雀だから、感情移入しやすいよね」
善逸は言った。感情移入しているのは善逸の方だ。
チュン太郎がいるおかげで、いつも読みながら、ぼろぼろ泣いてしまう。
禰豆子もこの話を初めて読み聞かせた時、ほろほろと涙を流していた。
以来、時々読んでと渡される。

「じゃあ、続きからでいい?」
「む!」
禰豆子は目を輝かせている。
善逸は頁を開いて、目を伏せて読み始めた。
この話、結局雀は助かるのだが、じいさんは死んでしまう。

――善逸は、結果は変えられない、そんな話なのだと思った。

 

■ ■ ■

その翌日。善逸は消耗品の買い足しに、街へ出かけた。
自分の物と、ついでにお使いも頼まれた。

蝶屋敷に戻った善逸は、玄関先で、炭治郎と、もう一人。誰かの声を聞き取った。

(?聞いた事の無い声だな。静かな声……大人の男性?)
どうやら炭治郎は、今、庭に出ているらしい。
その誰かと話しているようだ。
この会話は弾んでいる……のだろうか。炭治郎は楽しそうに、一方的に喋っている。

それ以外にもいくつか音がする。女主人のしのぶと、後は?アオイやすみ達か。

「――ごめんくださーい」
玄関を明けたが、誰もいなかったので声を出した。

「あっ、おかえりなさい。善逸さん、ありがとうございます。重かったでしょう?」
奥からすみが出て来て、善逸に礼を述べた。
「ううん、こんなの全然いいよ。あ、運ぶね。そういえば、誰か来てたりする?」
善逸は尋ねた。……どこか物々しい雰囲気なのだ。

「水柱様がいらしてるんです」
すみが言った。
善逸は驚いた。
「水柱さま――?って、ああ、そっか、炭治郎の兄弟子の……」
「ええ。お庭でお話しています。善逸さんが戻ったら呼んで欲しいとのことだったので、居間に行きましょう」
「え?俺?」
善逸は首を傾げながら廊下進んだ。
途中台所に寄って、アオイに荷物を預け、そのまま居間に向かう。

「ただいま、炭治郎、戻ったけど、どうかした?」
庭に向かって気軽に声を出したら、居間にしのぶが座っていて善逸はあっと思った。
六畳の居間には長方形の卓袱台が置いてあって、座布団が四枚置かれている。
しのぶは入り口側、右の座布団に座っていた。手持ちぶさたで茶を飲んでいたようだ。

「すみません、しのぶさん。ただ今戻りました」
音でいるのが分かっていたのにうかつだった。
「善逸君。おかえりなさい。どうぞ中へ」
善逸が動かないので、しのぶが微笑んだ。
「あっ、はい……」

「冨岡さんからお話があるそうなので、――冨岡さん」
しのぶが庭に目を向けた。丁度、水柱・冨岡義勇と炭治郎がこちらに来る所だった。
二人で稽古をしていたらしい。
二人はそのまま草履を脱いで、縁側から居間に上がった。
冨岡は元々座っていたらしい位置に腰を下ろす。しのぶの斜め向かいで、飲みかけの茶が置いてある。

「ああ、おかえり、善逸」「ただいま」
上がるとき、炭治郎が声をかけた。善逸は頷いた。
炭治郎は冨岡の隣には座らず、机の左側、畳に腰を下ろし正座した。育ちの良さが分かる自然な動きだった。
善逸はヒッ、と思い、しのぶの斜め後ろ、畳に正座し、かしこまって頭を下げた。
どうやら自分に用があるらしい。
「遅れてすみません。我妻善逸です。何か御用でしたか」

「……」
冨岡は無言だった。じっと善逸を見ている。
(困惑と、戸惑い?なんだろうこの人)
音を聞いて善逸は不思議に思った。
水柱は自分に用があって来たはずなのに、なぜ困惑しているのだろう?

「……冨岡さん、善逸君が困っていますよ。用件は?」
しのぶが言った。
「……もう済んだ」
「え?」
善逸はあっけにとられた。
「どういうことです?」
しのぶが言った。
「俺は先日、過去の任務の資料をあさっていた。その資料は先代の水柱からそのまま引き継いだもので、一度目を通したきり、忘れていた」

その後にたっぷり間があった。善逸は黙っていたが、間が長い。
「……それで?」
しのぶから苛ついた音がする。
「義勇さんは、善逸に会いたかったそうなんです」
見かねた炭治郎が助け船を出した。

「何か気になる事があったとか、そうですよね?」
「……ああ。だが、大した事では無い」
冨岡はそれきり黙ってしまう。
「冨岡さん……、さすがに、もう少し詳しくおっしゃってください」
しのぶが呆れた様子で言った。

冨岡は少し迷った後、懐から紙を取り出した。
「その資料に、これが挟まっていた。炭治郎の手紙に同じ名前があったから、気になった。それだけだ」
「我妻善逸……」
しのぶが読み上げた。
その紙には善逸の名前が、確かに書かれていた。おそらく男の文字で、なかなか達筆だ。
細長い紙にそれだけ。お札かと思うような書き方だ。

「それはどういった資料なんです?」
しのぶが尋ねた。
「我妻が、過去に出会った事件かもしれない。当人の許可がなければ話せない」
冨岡が端的に言って、善逸を見る。

「え゛……」
振られた善逸は『なんの話?』と思った。

「どんな話です?」
善逸は尋ねた。
「四嶋屋、という染物屋の屋敷で起きた事件だ」

「……、しじまや?……」
善逸は自分の記憶をたどった。
そうして、記憶の彼方にある名前を、薄ぼんやりと思い出した。
そう言えば、そんな奉公先もあった気がする。ずいぶん幼い時に世話になったような。

「ああ。しじまや、ああ。はい、知ってます。それが何か?」

「覚えていないならいい。良くある偶然だろう。任務があるから、俺はこれで失礼する。炭治郎、胡蝶、我妻も。息災でいろ」
言う間に、草履を履いて庭に出て、冨岡は一瞬で消えた。

「ちょっと、え?!」
善逸は立ち上がったが、残されたのは我妻善逸、という紙だけだった。

■ ■ ■

「善逸、しじま屋というのは、どういう所なんだ?」
その夜、いつもの三人で出立の準備を整えていると、炭治郎が言った。

「ああ、しじま屋ね、それがさ、結構昔の事で、あまり覚えて無いんだよ」
善逸は言った。

「ええと、多分、初めての奉公先でさ、四つか五つくらいかな。場所も忘れたけど、大人に連れて行かれて、ああ。そういえばこの前話したな。そのお屋敷の名前だよ」
善逸は微笑んだ。
「ああ、あの時の。そうだ、手紙、返事が来ないな」
炭治郎が言った。今から一月ほど前、炭治郎は珠世と愈史郎に善逸の事を書いた手紙を出したのだが、返事がまだ来ていない。

「珠世さんからの返事は時間が掛かることもあるから、でも、そのうち来ると思うぞ」
炭治郎が言った。
「早く来ないかな……。人違いかもしれないけど」
それを聞いて善逸は呟いた。

善逸は、もし人違いだったらどうしようと思うのだが。それと同じくらい間違い無いと思っていた。

「……でもさ、不思議だねぇ、人違いかもしれないけど、こうして、炭治郎がその人達と知り合いになって、俺とその人達が知り合いで」
うきうきと、善逸は言った。なんだか心が、じんわりと温かくなる。

「ああ。その人達がきっと、珠世さん達だと良いな。可能性は高そうだ。でも、こんなに返事が遅いのはどうしてだろう……」
炭治郎も微笑んで、少し首を傾げた。

「もう忘れちゃってるのかもね。向こうさんは覚えて無いかも知れないけど、お礼くらいは言いたいな……」
善逸は呟いた。

■ ■ ■

珠世と愈史郎は森を走っていた。
「珠世様、早く!」
愈史郎は左手に短い棒のような物を持ち、右手に風呂敷を下げている。
珠世と愈史郎は複数の鬼に追われていた。珠世は髪を下ろし一纏めにしている。

「――っ、」
珠世が走りながら、一体を爪で切り裂く。
「全く、なんなんだこれは!」
愈史郎は悪態を付いた。
鬼自体は小物だが、とにかく数が多かった。今日は一度に十数匹が襲ってきた。
しかも次から次へと。
「やはり、それが目当てのようですね」
珠世が言った。
「――」
愈史郎は風呂敷包みを一瞥する。

「珠世様、どうしますか、日が昇るまで逃げる事なら出来ますが、それからは?このままでは……!もう捨てて良いですか!これ!!」
「いいえ愈史郎、それを無くす訳にはいきません、とにかく、今日も、倒すしか無い」
もはや珠世にも作戦は無いらしい。
この風呂敷の中身を手に入れてからと言う物の、隠れ潜み、見つかれば夜中追われて逃げ続け、夜明け間際にやっと倒し、そのまま身を潜める――そんな日が続いていた。

「あの鬼、くそ、やっかいなものを!」
愈史郎は悪態を付いた。
この包みは、一月ほど前、死にかけの鬼が手渡してきたのだ。
いきなりの事で、しかも目隠しの術を踏み越えてきた。
その鬼は「これを……!」とだけ言って、隠れ家の庭で息絶えた。
死因は毒のようだったが、何の毒かは分からなかった。検分する前に、追っ手が現れ攻撃してきたからだ。
傷は治るのだが、着物は直らない。あちこち、大分やぶれてしまった。

――珠世と愈史郎が、これほど追い詰められているのには訳がある。
この追っ手の鬼達には、愈史郎の目隠しと、珠世の惑血が効かないのだ。
追っ手はどうやらどこかの鬼に操られているようで、おそらく操っている鬼のせいだろう。
追っ手の鬼達は、操られているからか、血鬼術は使わない。それは幸いだった。

「っ、珠世様、これをお願いします!そこにいて下さい」
「はい!」

愈史郎は包みを珠世に預け、持っていた棒――脇差を抜いた。
これは死んだ鬼狩りから勝手に貰った物、つまり日輪刀である。
先の折れていたものを市井の刀鍛冶に依頼し、少し短くした。
……愈史郎と珠世は、あの子供と出会ってから、念の為にと鬼を狩る術を増やしていたのだ。
それが功を奏したというか――まさか使う日が来るとは思わなかった。

日輪刀の加工には特別な技術がいる。
その為、これは先を削り体裁を整えただけで、切っ先は使えない。
愈史郎が刀が使えるかと聞かれたら――使えるわけ無いだろう!としか言えない。
珠世と協力し、鬼の腕力と速さでとにかく首を叩き落とすだけだ。
首を斬れば死ぬというのは便利な物だ。
おかげで愈史郎達は何とか死なずに、囚われずに、包みを奪われずに済んでいる。

「ふう、はぁ、はあ。――」
「愈史郎!来ます」

鬼がまた五体。どれだけいるんだ、と思った。
「くそ!」
愈史郎は柄を両手で持ち、一体の首をたたき落とした。もう一体の首も落とす。
技も何も無いが、とにかく真っ直ぐ、刀を折らぬよう振るう。
「っ」
日輪刀を持つ愈史郎に敵わぬと見てか、珠世に群がる。
「きゃあ!」
「――珠世様!」

「――水の呼吸、肆の型 打ち潮」

ざわっ!と空気がかき混ぜられたように乱れる。珠世に群がっていた鬼、愈史郎と対峙していた鬼達が、一瞬で細切れになり崩れ落ちた。ぼろぼろと崩れ灰になっていく。

「……。間に合ったか」
そこにいたのは、おかしな羽織を羽織った、鬼狩りだった。
「……!?」
愈史郎は目を見開いた。
「大丈夫か?他は斬ってきたが、次が来るかもしれない。身を隠せる場所に案内する」
鬼狩りは言った。
「なんだ、お前は」
愈史郎は言った。
「水柱、冨岡義勇。珠世と愈史郎だな。お館様の命でお前達を助ける。お館様は、おまえ達が手に入れた物について、尋ねたい事があるそうだ。ひとまず、ついてきてくれ」
言って歩き出す。

「珠世様っ!大丈夫ですか?」
愈史郎はそれを無視し、地に膝をついて、傷付いた珠世を支えた。
「ええ、何とか……」
傷はふさがっているが、珠世の着物の左肩の部分がぱっくりと切れていた。
「ああ、またお着物が!……羽織をどうぞ」
愈史郎はぱっと目をそらし、頰を染めながら自分の羽織を珠世に着せた。
「ありがとう、愈史郎。その方は……?水柱?」
「そのようです」
愈史郎はうろんな目をして言った。

冨岡は少し先で立ち止まっていた。

冨岡は静かに振り返って、一言。
「ついてこい」
と言った。

「どうします、珠世様」
「仕方ありません。身を寄せましょう」
珠世は言った。

■ ■ ■

「ガア!任務!任務ダ!!炭治郎、善逸!任務ダ」
「ヒイイッ!?」

庭で三人並んで腕立て伏せをしていたら、炭治郎の鎹烏が飛んで来た。
と思ったら、急に声を張り上げ、驚いた善逸は地面を這った。

――無限列車での任務を終えてから、一ヶ月半ほどが過ぎていた。

「え、俺も?」
善逸は言った。
「俺様は!?」
「伊之助モ、任務!タダシ別~!」
烏が意地悪げに言った。

「なんだぁ?」
三人は顔を見合わせた。

詳細を聞けばどうやら、炭治郎と善逸は、交代で誰かの護衛に当たるらしい。
伊之助は別の単独任務だった。
「護衛って何だ?」
伊之助が言った。
「誰かを守る任務の事だ」
炭治郎が言った。
「守る?」
伊之助は首を傾げた。
「ああ。でも今回は伊之助だけ別みだいだから、少し残念だ」
炭治郎が言った。
鎹烏曰く、伊之助は他の隊士と合同で鬼討伐らしい。
「なんだ一人じゃないのか。まあ、いいけどよ。ちょうど腕比べがしたかった所だ!」
伊之助は言って、蝶屋敷に駆け込んだ。

「先二、水柱ガ行ッテイル!明日ノ昼、十二時、錦町、第217番藤ノ家デ合流セヨ!」
「義勇さんが?」

その後、ひとまず、明日、先に炭治郎が行けと指示された。
「俺はどうすんの?」
「善逸ハ、交代ヨウイン!後ハ義勇と炭治郎デ相談!善逸ハ炭治郎ノ手紙ヲ待テ」
「なるほど。明日、俺が先に行って、義勇さんと話すんだな」
炭治郎が頷いた。
「ガー!」
炭治郎の鎹烏が得意げに鳴いた。

「じゃ、俺、手紙来たら行くね」
善逸は言った。
「ああ」

そうして翌朝、炭治郎は先だって護衛任務に就いた。

――しかし、その日の夜、炭治郎から鎹烏を使って、急ぎの手紙が来た。

「ガア!炭治郎ヨリ手紙!善逸ハ至急読メ!」

至急とは何かあったのだろうか。応援とか?
「え?なんだろ。応援かな」
善逸はちょうど風呂上がりで、頭の上にはチュン太郎がいる。

善逸は手紙を開いた。
『善逸へ。 護衛の件だが、義勇さんと相談した結果、今日から七日後、二十五日までは、義勇さんの手が空いたそうだから、ひとまず俺一人で十分だという事になった。善逸は二十五日の朝十時に錦町の217番藤屋敷に来てくれ。
それまでは蝶屋敷で、通常の指令を待つようにとの事だ。急ですまない。  炭治郎』

「あれ……」
善逸は拍子抜けした。つまり明日からの任務が無くなったと言う事だ。
「チュン」
チュン太郎も同じく拍子抜けしたように鳴いた。
「でも、俺は騙さねぇぞ。その分、普通の任務は来るって事だろ。でも、休みか、うふふ!……それとも任務がある?」
善逸はチュン太郎に尋ねた。
「ちゅん」
チュン太郎の様子を見ると無さそうだ。
突然できた休みに、善逸はぽかんとした。善逸は蝶屋敷で何か、手伝いをする事があったかなと考えたが、特に思い浮かばない。伊之助も任務だし……。

「じゃあ、明日は一緒にどっか出かける?」
休めるときに休んでおこう。善逸はそう思った。
「チュン」
チュン太郎も肯定した。

「そうだ、久しぶりに、結婚相手でも探そうかな。いつ死ぬか分かんないしさ。……でも禰豆子ちゃんがいるしなぁ」
チュン太郎がチュン!チュン!チュン!と言っているが何を言っているかは分からない。

「チュン!」
チュン太郎はしばらくチュンチュン言って、窓から飛び立った。
「あ、どこ行くの!?もう夜だよ!?」
たまにこういうことがある。そしてこういう事の後には大抵――。

翌朝。チュン太郎は得意げに、任務の知らせを持って帰って来た。
「もう!?お前、馬鹿なの!?何なの!折角休みだったのにさ!休ませてよ!」
休む気だった善逸は頭を抱えた。
相変わらずチュンチュン言っているが分からない。
どうやらサボらずに頑張れと励ましているようだ。
任務をこなさないと強くなれないよ、とかそういう事を言っている気がする。

――同じ仕事なら、護衛の仕事の方に付きたかった。善逸は一人楽しく護衛をしているであろう炭治郎を恨んだ。

「ああ、嫌だ……行きたくない。ちょっと遠いし……本当最低。畜生、これで炭治郎の護衛対象が美女だったら一生恨む……!この任務で死んだら炭治郎、さすがに恨むからな……!イテ、いった!痛い、行くから……!」

善逸はチュン太郎につつかれながら旅支度をした。

[newpage]

街中では、刀は竹刀袋に入れて手に持つ。
山の中だけなら良いのだが、今回は遠方という事もあり、昨日にしのぶに借りておいた。

そのまま列車に乗り込み、南へ向かう。
途中、深夜に寺を訪ね休み、二日目は朝から山を超えて急いだのだが、目的の村にたどり着いた頃には日が暮れかけていた。

そうして、その夜。
善逸は他人に助けて貰って、日付が変わった少し後に任務を終えた。

「ありがとうございます!!鬼狩り様!」「さすが若くても鬼狩り様だ!」
「最初、疑ってすみませんでした!」

「は、はぁ……?いや……」
村人に心から感謝されたが、倒したのは善逸ではないから、善逸は困惑するばかりだ。

「今日はどうぞ、うちに泊まって下さい」
善逸はそのまま村長の家に招かれた。
お言葉に甘え、一泊し、翌朝に帰る事にした。真夜中だし、移動で疲れて体が重い。

「食事もまだでしょう。今からでも食べて下さい」
初老の女性が気遣った。善逸は村に着くなり聞き込みをしたので、食事を取っていない。
到着前、山中で軽く済ませていたから問題は無かったが、さすがに腹が減った。

「俺じゃやっぱり、駄目だった……、もう少し早く、別の誰かが来られていれば……」
善逸は落ち込んで言った。数日前とはいえ、犠牲者が出ていた。……善逸は異能の鬼を前に気絶して、何の役にも立たなかった。
こんな切迫した状況なら、もっと近くの、他の隊士をもっと早く寄越せばいいのに。
鬼殺隊本部は関東にあるから、この辺りは手薄になるのだろう。

(――チュン太郎、この任務は俺じゃ駄目だよ)
善逸は心の中で思った。
任務を取ってきてくれたチュン太郎には悪いが、五体に分身する異能の鬼でやたら動きが速かった。どう考えても善逸の実力に見合った仕事では無い。実際、早々に気絶してしまい何も出来なかった。

――まあ、もう終わったけどさ……。
……もっと鍛練しないとなぁ。

(あの列車でも、何もできなかった……)
善逸は炎柱、煉獄の事を思い出し、強くなりたいと思った。

「そんなことありません!あの鬼を斬って下さって、本当に感謝しています。十兵もそう言っていました!」
善逸の落ち込みようを見た村人が力説する。
「そうですよ、素晴らしい技だったと、十兵が!」
村長の息子も力説した。
「十兵さんもすっかり懲りて、剣士のまねごとはやめると言っていましたよ」
村長の妻も苦笑する。

「はあ……」
善逸はぽかんとした。
この村には十兵という血気盛んな若者がいて、鬼を倒す気満々で、頼りない善逸の後についてきていたから、たぶん彼が気絶した善逸の腰から日輪刀を抜き、斬ったのだと思う。

「いや、十兵さんは強いですよ。斬ったのは彼で、俺じゃ無いですし」
善逸は言っておいた。善逸は耳で鬼を探しただけだ。

「……はぁ?」
今度は村人達がぽかんとした。そのうち、誰かの腹が鳴り、まあとりあえず夜食を食べて寝ようという事になった。

そうして翌朝、善逸は弁当をもらい、村人達に見送られ、来た道を戻る事になった。
途中で泊まり二日かかる行程だ。
行きと違って急ぐ理由もないので、鬼が出ないかと震えつつ夜の山道を歩く必要はない。代わりに、戻る間に別の任務が来ないかと怯えた。

チュン太郎を道連れに、昼の山をとぼとぼと歩く。
適当な場所で弁当を食べ、行きと同じ寺に一泊して、翌朝、また幸運にも弁当をもらい、宿代兼お布施としてまたいくらか置いて出立する。一応、不審な人死にがないかとも聞いた。こちらは特に何もなく平和なようだ。
田舎は人の音がなさ過ぎて、かなり不安になる。

田んぼの間をしばらく歩く。街並みが賑わってきて、善逸はほっとした。
善逸は駅に向かう途中で、蝶屋敷に文を出そうかと思った。
だが今回は怪我も無いし、チュン太郎がいないと寂しいし、長い距離を飛ぶのは大変だろうし、列車に乗れば夜には着くから良いだろう。

切符を買って、列車に乗り込む。がたんごとんと揺れる。
善逸以外、ほとんど誰もいなかったので周囲に意識を残し少し眠っておいた。

その後、列車の中で報告書を片付けた。
善逸はもちろん『気絶してたら十兵さんが倒してくれました』と書いておいた。

「チュン太郎、後でこの報告書、届けてくれる?まだ遠いかな。やっぱ駅に着いてからで良いや」
あと少しで蝶屋敷の隣街、に着く。蝶屋敷のある街には駅が無い。

する事も無いので、善逸は夕飯について考えた。
蝶屋敷のある街とその周辺の街には、藤の家紋の家も多い。
そこのお世話になってもいいのだが、蝶屋敷に戻った方がいいか。

(でも腹も減ったし、食べて帰ろうかな)

隊士によってお気に入りの藤の家があると、誰かが言っていた。
炭治郎が蝶屋敷預かりの身となっているので善逸もすっかり蝶屋敷に居着いているが、普通は藤の家を転々としたり、実家にいたり、どこか便の良い場所に家を借りたりするのだという。

癸の善逸でもそれくらいの給金はある。善逸はよくできた組織だなと思った。
……鬼を狩る以外の仕事なら、ぜひ務めたいくらいだ。
――隠って、どうやってなるんだろう。
――なんで剣士やってんのかな、俺。

そんな事を考えているうちに、どんどん人が増えていき、蝶屋敷の隣街の駅に着いた。
善逸は荷物を持ち、忘れ物が無いか確認して降りた。

――駅を出た時、とっくに日が落ちていた。
列車が到着した所なので、がやがやと騒がしい。

「じゃあ頼むよ。食事は何か食べるからいいや。チュン太郎は大丈夫?飛べる?」
「チュン」
善逸はチュン太郎に報告書と『怪我はありません、夕飯は食べて帰ります』と書いておいた紙を持たせて、蝶屋敷に向けて飛ばした。

ここから蝶屋敷までは普通の人でも三十分、鬼殺隊士なら二十分ほどの距離だ。
蝶屋敷には鎹烏用の餌場があるので、そこでいつでも餌を食べられる。アオイが雀用の物も用意してくれた。
善逸は次から雀用の餌を持ち歩こうと思った。おにぎりの塩気がチュン太郎の体に悪いかもしれない。あまり荷物が増えるのは困るが、それくらいなら持てるだろう。

その時、とても食欲をそそる匂いがした。

見ると駅のすぐ脇に、団子屋がある。
旅の手土産に丁度買って下さいと言わんばかりの。
ここはいつも混んでいたと思うが、今日はたまたま空いている。

善逸は匂いにつられ、少し考えた。自分でも一本食べるか、我慢して、食事を食べて、全部土産にするか……。
……この四日間、一人で食べてばかりで少し寂しい。蝶屋敷で食べればよかったかもしれない。けどもう知らせを出したし、善逸が今日帰るとは思っていないだろう。食材が足りるかも分からない。

――団子を今食べるかはさておき、土産にしよう。
善逸は考えた。伊之助がいたら喜ぶだろうし、なほやアオイ達も喜ぶだろう。タダで世話になっているのだから、そのくらい当然だ。それに、焼きたてのみたらし団子の、本当に良い匂いだった。これはきっと炭治郎なら余計に我慢出来ない。

ちょうど前の客が買っていたので、善逸はその後ろに並んだ。
前の客の藍色の着物が目に入った。
「まいど、次の方~」
店主が言た。
買い終えた客が振り返って、善逸とお見合いした。その瞬間に。

「あ」
バチッと目が合った。

善逸は一瞬、固まった。
「――」
その女性も固まっている。

「えっ!?」
と声を上げたのは善逸だった。
しかし、何故声を上げたのかが分からない。とにかく、はっとした。
「――?」
女性は眉を潜めて、そのまま歩き出した。
その女性が急に振り返ったので善逸が驚いただけ、と思われたのだろう。
しかし。

「……え?……」
その女性は振り返った。

「……だれだ?……」
そう言って、善逸を少し離れまじまじと見ていた。

善逸の耳はその声を聞き取ったが、善逸は女性の方も驚いただけだろうと考え、会釈でもして終わらせようかと思ったのだが。

「……。……?……、……まさか、善逸?」
その女性が呟いた。
「えっ?」
善逸が反応すると、女性がすごい勢いで近づいて来た。

「お前、髪!善逸?まさか?善逸か?!我妻、善逸か!?」
「えっ、はい、え?」

「――嘘だろ!?まさか!こんな所で!?」
女性は善逸を知っているらしい。明らかに興奮している。
「えっと、あれ?どなたでしたっけ?」
善逸には覚えが無い。でもどこかで、確かに見た事がある気も――。

「私、ほら、私だって!お鈴!四嶋屋の!」
彼女は自分を指さした。
「しじまや……?、――!!!えっ、お鈴さん!!?」
善逸は飛び上がった。

一瞬で記憶がよみがえる。そうだ、こんな顔だった。
前髪を振り分けて、大きな目と、すっきりとした頰。
改めて見ると、さすがに禰豆子やしのぶほどではないが、相当美人だ。服装や髪の毛が整っているから、余計にそう思うのかもしれない。ただし化粧っ気は無い。紅玉のついた簪が一本。簪の差し方。そこで記憶と一致した。

「嘘でしょ!?え!?嘘!お鈴さん、死んだはずじゃ!?嘘っ!?」
「おおお、うそ、善逸だ、本当に、善逸!?うそだろ!!こんな所で!」
お鈴ははしゃいでいる。

「え?お鈴さん、どうして生きてるの?!確か、お屋敷で……奥方さんに殺されて……?」
周囲が少し注目し初めていたので、善逸は慌てて道の端に避けて、壁の側で尋ねた。
二人は雑踏に紛れ、周囲は興味を失った。

「――。あれ?……んん。ああ。そっか。忘れたか。それが、話すと長くなるんだが。色々あって、助かったんだ」
お鈴はそう言った。

「まあ、でも、まさかこんな所で会うとはなぁ。なんだこの髪!染めたのか?」
お鈴が善逸の頭を触りながら言った。
善逸は笑った。そうだ、これでは気づかれないはずだ。
「違うよ、雷に打たれてこうなった。俺も信じられないけどね」
善逸は言った。
とにかく、死んだと思ったのだが生きていた。本当に驚いたし、嬉しい。
「はぁ?雷?なんだそれ。あっ?おま、お前、目の色まで違うぞ!?前は黒かったのに!本当どうした!?すごいな!」
まるで伊之助のような物言いで、善逸は苦笑した。
そう言えば少し言動が似ている。

「あ、ねえ!お鈴さんは、まさかこの辺にいるの?」
「ああ、いや、今日はたまたま、本っ当にたまたま、こっちに来ててさ、いやー、出かけるもんだな。お前は元気だったか?」
見ればお鈴は着物の裾をまくり脚絆をつけて、荷物と一緒に笠を包んだ風呂敷を持っている。旅の途中、と言った様子だ。
「うん、そこそこ。元気でやってる。お鈴さんは?どこかの屋敷に務めてるの?」
善逸は尋ねた。
「それがさ、驚くなよ。実は結婚して、旦那とちょっとした商売をやってるんだ」

「えっ!?そうなんだ」
善逸は言った。

「おう、そうだ。いやー、しっかし、こんな所で会うなんてなぁ」
お鈴は笑った。
「……本当、驚いた、生きてたんだ……!」
善逸は言った。

子供の頃の記憶は曖昧で、善逸は、お鈴があの屋敷で死んだと思い込んでいた。
もしかしたら、屋敷の事件で死んだのは別の女中だったのかもしれない。お鈴は無事で、事件の後に屋敷を去ったとか、そういう事かも。
善逸は幼かったから、好きな女中との別れが寂しくて、そう思い込んだとか、事情を勘違いしていたとか、きっとそう言う感じだろう。

詳しい事は分からないが――とにかく生きていた。
(良かった……)

「お鈴さん……無事で良かったぁああ」
善逸は涙目になって、お鈴の手を握った。

「よしよし、本当に、お前には世話になったなぁ」
お鈴は笑い、善逸の背中に腕を回して、背をぽんぽんと叩いた。

「すっかり大きくなって。見違えた。いやあ、長生きはするもんだ。まあまだ、大して生きちゃいないけど。まあ、運良く拾った命、そうだな。この際百まで生きて死ぬよ。お前もそんくらい生きろよ?」

「う、うん。もう死にそうだけど」
「はぁ?馬鹿、弱音吐くなよ。あ、そうだ!お前、いまどこに住んでる?手紙書くよ」
「え、あ、――蝶屋敷!隣町、安形の、胡蝶さんの家に世話になってる」
「ちょう?何だそれ?」
善逸は蝶屋敷の場所を説明した。
「ちょうちょの蝶に屋敷で、有名だから分かると思う。しまった、手紙は付けていいかわからない。送れば届くかもしれないけど、聞いてないや」

まさか鬼狩りをしているとも言えずにそう言った。
善逸は肉親もなく、育手との手紙のやりとりはチュン太郎を使うから、蝶屋敷に手紙をつけて良いのか分からない。
――こんな事なら、任務前に手紙を送ってもらって良いか聞いておくのだった。
善逸は、突然の再会って本当にあるんだ、と思った。それにしてもいきなりだ。

幸い、お鈴が手帳を持っていたのでそこに蝶屋敷の町名までを書く。地元では有名だから、訪ねようと思ったら分かるだろう。
「ここは?家なのか?」
「いや、学校みたいな所で、そこに間借りしてる感じ」
これは鬼狩りの常套句で、困った時は学生で通す。刀は竹刀袋に入れて、剣道やっていると言うのだ。
……蝶屋敷を剣術道場だと言う事もある。実際、近隣ではそう思っている者もいる。
もちろん、真剣だとバレたら逃げる。ただ蝶屋敷の周辺では、蝶屋敷の者だと言えばすぐに解放されるし、しのぶ達が警官と知り合いらしく、そもそもこの辺りの警官は鬼殺隊の詰め襟に話かけてこない。
だからと言っておおっぴらにするのは気が引けるのだが。
今はたまたま、刀を袋に入れて腰に差していた。腰に差したのは団子を買うので手を空けたかっただけだ。

「ああ、なるほどな、分かった、じゃあ、こっちの居所教えるから。こっちは、四国の、社城(やしろじょう)って所だ」
お鈴の方はちゃんと居所を書いて、手帳の紙をやぶった。勢いよく二枚破れた。

「っと、そろそろ時間が。すまない。じゃあな、まあ一回くらいでいいから送ってこい」
お鈴は懐中時計を取り出して、言って、善逸の背を叩いた。

「うん、書くよ!お鈴さんも、旦那さんと仲良くね!」
「ああ、じゃあまたな!」

お鈴は手を振って、やばい、時間、と言いながら駅に向かい走って行った。

■ ■ ■

「……こんなことあるんだ……」
善逸はひとまずこそから離れ、一人、飯屋に入って座っていた。
天丼を頼んで、とりあえず食べる。
驚きすぎて、団子を買うのを忘れてしまった。

落ち着いて、今あったことを整理したかった。
……今ごろ向こうも驚いているだろう。

「……」
お鈴が鬼になっていたのは間違い無い。

……始め気がつかなかったが、最後の方。音で分かった。
あれ?もしかして……、まさかと。
おそらく、容貌も変わっていなかった。屋敷に務めていた頃は二十くらいだったと思うから、十年経って、三十くらい?そのくらいの女性なら、変化が無くても当然かもしれないけれど。

だが、お鈴は多分人を喰っていない。
なぜ分かったかというと、禰豆子ほどではないが、それに近い音がしたからだ。
一人も食べていないかと言われると……匂いで分かる炭治郎と違って、音で感じる善逸には確証はない。

手紙で詳しい事を、聞いてみても良いかもしれない。
それからでも良いだろう。
いいや。そもそも、善逸が関わる必要はないのでは?

お鈴との会話を思い出す。
少し変わった音がしたのは、善逸が、奥様に殺されて……と言った後だった。
あれは、驚いて、善逸を気の毒に思う音だった。
そこだけだったから、お鈴自身の身に起きたことと何か違いがあったのかもしれない。

(あのお屋敷の事件のこと……俺、本当に全然、覚えて無いんだよな)
おそらく、幼い善逸は、かやの外だったのだろう。
そのうちに街の上役が善逸の奉公先を世話して、善逸はだいぶ離れた屋敷へ移った。
それにしても何も覚えていない。屋敷の場所も思い出せない。
使用人達はわずかに京のなまりが入っていたから、そちらかもしれない、と思うのだが。

――そこで天丼が来たのでとりあえず食べた。
「あ、おいしい」
腹が減っていたので夢中で食べる。
食べ終わって、ゆっくりと茶を飲んだ。

(まあ、ともかく、無事だったなら良かった。結婚したみたいだし、綺麗になってたし、旦那さんと上手くやってるんだろうな。居所聞いたから、そのうち手紙書くか、訪ねるかすれば。えっと……)
善逸は、手紙にはとりあえず当たり障りの無い事でも書いて、その後、考えようと思った。
向こうが手紙の返事で話したがるなら、なにか聞いても良いし、別に話したくないなら聞く必要はない。

(……とにかく、生きていて良かった)
善逸は何となく肩の荷が下りたような、そんな、ほっとした気分になった。

でもこれ。多分ばれると不味い類いの事だろうから、誰にも言わず内緒にしておこう。
珠世さんと愈史郎さんも人を喰っていないらしいし、そういう鬼は割といるのかも知れない。
そうだよな。日本は広いし。蝦夷の端とか、さすがに鬼無辻も手が回らないだろう。
郵便だって届かない、人っ子一人いない極寒の地にわざわざ足を運んで、支配を強調するのもおかしいし。鬼だって一人は寂しいだろう。
あ、もしかしたら、海外に逃げた鬼とかいたりして?

そんな事を考えて、落ち着いた。

手帳の切れ端を二枚、隊服の胸ポケットから取り出す。
一枚目は住所が書いてあって、もう一枚は、少し書き付けが書かれていた。
(相変わらず、そそっかしいというか、変わってないというか。どうしようかなこれ)
善逸は、そうだそういう人だった、と懐かしく思った。
捨てても良いが、取っておいて手紙に入れても良いかもしれない。

『青、緑、草、黒、×』
『四 蛭沼、弐 藤美』

と走り書きで書かれていた。
手帳の頁の上の方には十月、と書かれていた。十月は今だ。何の書き付けだろうか?

(なんだこれ。まあいいや。今月の予定なら、なくす前に、なるべく早めに送った方がいいかな)
善逸は再び内ポケットに入れた。
そこでそういえば便せんがあったな、と思いそのまま取り出した。やりとりは手紙が主なのでいつも持ち歩いていた。仲間の助けを呼ぶにはまず手紙だ。
先程出さなかったのは、善逸が使っているのが墨壺と小筆だからだ。次からは鉛筆も用意しようと考えた。

封筒に住所を書いて、宛名――そう言えば名字を知らない。前はしじま?いやあれは奉公先だし、結婚したなら変わっているだろう。
『お鈴さんへ』と書く。裏に我妻善逸、とだけ書く。

『前略 久しぶりにお会いでき、本当にうれしかったです。ご無事でなによりという言葉が思い浮かびました。団子が好きなのは相変わらずで、そういう所は良く覚えています。またこちらに来る事があったら、ぜひ訪ねて来て下さい。不在のこともありますが、たいてい友人らがいますので。文については、屋敷の主人に頼んでおこうと思います。たぶん大丈夫かと思いますが、こちらから手紙を出すまで、しばらく待って頂けたらと思います 草々 
追伸 紙を二枚破っていたので、一枚お返しします。相変わらず、勢いが良いですね。
 我妻善逸』

(前略と草々があればなんとかなるって、じいちゃんが言ってた)
(難しい漢字は間違えるから使わないように……っと、訪ねると尋ねるは間違えないように。よし。こんなもんでしょ、あとは……、そうだ書き付けの事を書かないと。まあ追伸でいいか……)
少しうーん、と唸りながら書いた。

「あのう、すみません、勢いってどういう字でしたっけ?ど忘れしちゃって」
「ああ、こうだよ。ちょっと難しいよ」
途中、店の人に聞いた。店の者は手の平に書いて示したが分かりにくかったので、善逸はじゃあこの紙に、と言ってお鈴にもらった住所の紙の裏に書いてもらった。

時候のあいさつも無い適当な手紙だが、これと言った書き損じも無く一度で書けたので、まあこれでいいかと思った。
丁寧に脇によけた。そうして墨が乾くのを待たせてもらった。
ぺらぺらとはたいて確認した後、折って、間に書き付けを挟んで封筒に入れて、端を折った。ご飯粒で付けようかと思ったが、さすがに食べたものはどうかと思い、蝶屋敷で貰う事にした。
そういえば炭治郎が水糊を持っていたので、それを借りれば良い。
どのみち切手もないから、また出しに行かないと。遠いから幾らくらい掛かるんだろ……。

そう思いながら勘定を済ませ、店を出た。
善逸は歩く内にふらふらと疲れてきた。

のろのろと三十分ほどかけて歩き、蝶屋敷に戻ると、アオイが出迎えた。
「アオイちゃん、ただいま。信じられないけど、生きてたよ……」
「あ、お帰りなさい、お疲れ様です」
アオイは言って、炭治郎と伊之助さんもいますよ、と言った。
「夕飯は食べてきたんですよね?」
「うん、食べてきたよぉ」

居間には炭治郎と伊之助がいた。禰豆子は見当たらない。
「お帰り、善逸、遅かったな。天ぷらを食べたのか?」
匂いで分かったようだ。
だが善逸は油臭くなっていたので、炭治郎でなくても分かるかもしれない。
「うん。ただいま。もう、凄く遠い所だって、疲れたよ。あれ炭治郎、戻ってたんだ?禰豆子ちゃんは?」
「禰豆子は寝ている。昨日は良く戦ったから、疲れたんだろう。善逸に任務が入ったから、今は他の隊士と交代している。俺も少し肩を斬られた怪我したからな」
炭治郎は左肩と、左腕にも少し包帯を巻いていた。
「うっわ、大変なんだな」
善逸は言った。護衛と聞いたが、なかなかどうして危険らしい。

「紋逸、ずりいぞ!!土産は?」
「あー、ごめん、買おうとしたんだけど、店が忙しそうでさ」
「なんだと!」
伊之助が善逸に飛びかかった。
「ぎゃああわっ!?」
「こら、伊之助、善逸は疲れてるんだ。天ぷらなら明日食べに行こう」
炭治郎が言った。
「あれ、そういや炭治郎、任務は?次俺がいくの?」
善逸は尋ねた。予定では、炭治郎が一週間、二十五日まで詰めるはずだったのだが、今日はまだ二十三日。あと二日あるが、炭治郎は休憩でここにいる。

「いや……どうだろうな。俺と禰豆子は少し休んで、三日後に戻る予定だけど。二人増員されたから、善逸の番はもうしばらく後になりそうだ」
炭治郎が言った。
「そうなんだ?結局何だったの?だいぶ危険みたいだけど、誰の護衛?」
善逸は首を傾げた。

「ああ、それについては後で話す。善逸も疲れただろう?沸かしておいたから、先に風呂を使ってくれ」
炭治郎が言った。

「ん、わかった。……ありがと。あ、炭治郎、明日さ、もし出かけるならちょっと頼みがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「手紙をさ、出して来て欲しいんだよ。郵便屋で切手買って、――分かるか?」
「すまない、ちょっと分からない。どこにある?」
「錦町だけど、まあいいや。明日か明後日、自分で行くわ。ふあ……ねむ……、風呂浴びてくる」

善逸はあくびをしながら居間を出た。

■ ■ ■

「良い湯だった。炭治郎、伊之助も入れよ」
善逸が戻ると、布団が三組敷いてあった。善逸はいつも通り左側に座って足を伸ばした。
「お互い、みんな、しんどかったなぁ」
言って布団の上に、うつ伏せなり伸びをする。枕に顔を埋めた。
「ああ」
炭治郎が頷いた。
伊之助も任務をこなしたはずだ。まあ伊之助は石ころを眺め生き生きしているが。
炭治郎は布団の上に正座していた。なにか考えている様子だ。

「……善逸ちょっと良いか」
炭治郎は言って、正座のまま、善逸の方へ体を向けた。

「うん?」
善逸は上半身を起こした。
「珠世さんから、一応、返事を貰ったんだが」
炭治郎がやたら複雑な表情をして言った。
ちなみに伊之助は布団の上で足を上げたり、柔軟したり、ゴロゴロしたりしている。

「あ、返事。来たんだ?で、どうだって?」
起き上がって、あぐらをかいて、善逸は言った。

「いや……それが」
炭治郎は、例えるなら。何か得体の知れないものをつまんだときのような、少し困った顔をしていた。音も少しおかしい。
しきりに首をひねっている。
「なんと言ったらいいのか。……、珠世さんは、善逸に会いたいと言っているんだが……」
「会ってくれるの?」
「ああ。……ところで善逸、善逸は珠世さんと愈史郎さんの事は、どのくらい覚えているんだ?」
首を傾げながら、炭治郎が言った。
「?いや、ほとんど覚えて無いよ。名前くらいしか」

「そうか。……まあ、それならいいか……。そうだな。実は、俺が今護衛しているのは、珠世さんと愈史郎さんなんだ」
炭治郎が言ったので、善逸は驚いた。
「えっ?あら、そうだったの?」
炭治郎は頷いた。
「ああ、それで、直接、善逸の事を話したんだが、その時は会わない方がいいと言っていた。でも、珠世さんは気が変わったらしくて」
「??」
「やはり会っても良い、会いたいと……。つまり、善逸の参加がまた遅れたのは、二人と知り合いだからという事もあったんだ」
「はあ、なるほど。ちょっと気まずいから……?」
善逸は一般論として言った。
「いや、そういう訳じゃ無い。会いたがっているのは間違い無いんだ。珠世さんは善逸次第だと言っていた。義勇さんからも、善逸が珠世さんに会いたいか、確認を取って欲しいと言われた」
炭治郎は難しい顔をしながら言う。

「ん?愈史郎さんは?元気なの?」
善逸は言った。先程から珠世の事ばかりで、愈史郎の話が出ない。
「問題はそこなんだ……」
炭治郎が深く息を吐いた。

「じつは、愈史郎さんが、善逸に会う気は無いと言っていて……。でも珠世さんは、我が儘言わないの、と窘めていた。愈史郎さんも、本心から嫌がってはいないんだが。何だか、不思議な感じだ」
炭治郎が首をひねる。炭治郎自身も分かりかねている様子だ。
「いいよ、会うよ。嫌がってないなら、お礼くらいは言いたいし」
善逸は軽く言った。

「わかった、そう伝えておく」
炭治郎は頷いた。

――翌日。
善逸は昼過ぎまで寝てしまい、炭治郎と伊之助に置いて行かれた。
蝶屋敷で昼飯を貰い、その後、手紙を出しに街に出かけた。

■ ■ ■

……夕刻、善逸は、裏路地で一人蹲っていた。

手紙を出すまでは普通だったのだが、出し終えた後、お鈴の事を考えながら町を歩いていたら、急に視界が狭くなり、めまいがした。
ふらふらと歩いて、たまたま人気のない路地に座り込んでしまい、そのままだ。

どうしたことか、体が重い。

……気分が沈んでいる。

ずっとここにいても誰も気づかない気がする。
このままここにいるわけにはいかないから、なんとか移動しないと。

でもやっぱり具合が悪い。
頭が痛い。気持ちが悪い。吐き気はぎりぎり無いが、動けそうに無い。

(もう、こんな時に限って、チュン太郎、なんでいないんだよ……。まあ仕事があるんだろうけどさ)

チュン太郎は昼間、炭治郎の鎹烏とどこかへ飛んで行った。
多分、指令をもらいに行ったんだろう。

(もういいや、このまま寝よう)
少し寝たら動けるようになるはずだと考えて、善逸は目を閉じた。

[newpage]

『善逸。いいか、何があっても、死ぬほど辛くても、死ぬほど腹が減っても、体だけは売るな』
誰かが善逸に言った。

善逸は、その誰かと一緒の布団に入って横になっていた。
善逸は風呂上がりで、真っ白な浴衣を着ていた。
善逸の右側にいる誰かも風呂上がりらしい。
その誰かはさほど温かくない。だから善逸は自分の熱だけで温まっている。
誰かの胸に頰を寄せると、少し変わった音がした。
うっとうしげに少し離される。その後で、誰かの手が善逸の背中を支えた。

『死ぬほど辛かったら、仕方無いんじゃ?』
顔を上げて善逸は言った。腹が減ったら死んでしまう。死ぬよりはましだ。
誰かは、善逸の頭を撫でた。

『……死ぬより辛いからするなと言っている。いいか、絶対に駄目だ。俺はお前に見張りを付けないから、それだけは駄目だ。分かったか?』
『……はい』
『もし誰かに無理矢理、抱かれそうになったら、騒ぎまくって逃げろ、いいな』
『……うん』
『ちゃんと聞いているか?』
ぺし、と叩かれた。
『いたい。聞いてるよ、ゆしろうさん、心配症だね』
『いいか、大人を信用するなよ。特に男は駄目だ。絶対に、信用するな、分かったか?あちらの善逸の時も駄目だ。いや、子供でも危ない。子供も駄目だ』
『でも、俺は、どうしようもなかったら……』
『だから、お前も駄目だ。全く……いいかげん、納得しろ!』

誰かは困り果てていた。心配で仕方無いという音がする。
『「俺」も嫌だけど、約束はできないよ』
『約束しろ』
『だってまだ分からないから――』

『分かればいいのか?』
……誰かが言った。

■ ■ ■

はっと、善逸は目を覚ました。

「善逸、大丈夫か?」
覗き込んでいたのは炭治郎だった。

善逸は布団で寝ていた。
「あれ?俺」
「ああ、本当に良かった……。善逸。日が暮れても善逸が戻らないから、錦町を探したんだ。そうしたら、裏路地で倒れていた。具合が悪かったのか?」
炭治郎が言った。
「……うん、そうみたい。急にめまいがして、動けなくなって……」
善逸は瞬きをした。

「そうか、熱はないな。今はどうだ?」
「もう大分良くなった気がする。炭治郎、ここ……どこ?」
善逸は言った。六畳の、見た事の無い部屋だ。
寝ている善逸の右手側、山桜の描かれたふすまが綺麗だった。
「ここは錦町の藤の家だ。珠世さん達を呼んでくる」
炭治郎が言って、ふすまを開けて出て行った。

自分の心臓の音が聞こえる。
――近づいてくる足音。知っている音だ。
ふすまが開く。
「起きたか」
第一声が、記憶にありすぎて。善逸は口を開けた。

「愈史郎さん」

「……」
善逸に呼ばれ、愈史郎は立ち止まったが、珠世は入って来た。
珠世に続き愈史郎も入る。
「具合はどうですか?」
珠世が膝をついて心配そうに見る。愈史郎が珠世の後ろに控えた。

「一体どうして倒れたんだ」
愈史郎が言った。
善逸にも分からないので首を傾げた。
「少し、昔を思い出したみたい」
善逸は呟いた。

「……何を思い出しましたか?」
珠世が言った。

「愈史郎さんと一緒に寝てた時の事?小さい子供だったときの。愈史郎さんが体を売るなー!ってうるさく言ってたよ。ウィッヒッヒ」

「……」
愈史郎が眉を潜めた。

〈おわり〉